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○谷町四丁目癒しのサロン     カノンです。

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光線療法kousenn therapy

光線療法体験記
機器写真生命力を強める光線

昭和のはじめ光線治療法と偶然出会った人の話である
昭和2年に知人が手遅れの胃癌と診断され、茨城県より
命がけで上京し、東大 (当時帝大)病院の権威ある
医学者に診察を乞いました。既に手術不能(余命一ヵ
月)と診断された。その折患者の在京中の親類から
光線治療という大変効果がある治療があるから、
ただ家で死を待つより……と地理に明るい人に案内
を求めました。光線治療法なるものに、その時はじめて
出会いました。

 当時の光線治療器(二種類)
「太陽光線治療器」太陽光を窓から大きめの茶筒ぐらいのレンズで採り、皮膚面にあてる。

「昼夜用人工太陽光線治療器」。晴天の折はドの器具を利用する。
経済的であるが治療時間が長くかかった。

前記知人はそこへ二ヵ月程通院するうち、少々ずつ体に力がつき、気持よく
治療できたので、その後は自宅で養生した。二、三ヵ月で普通生活ができる
ようになり、仕事を休んだあせりから村役場に復帰し、療養を忘れた無理か
ら、急に悪化し半年後に急逝した。当時 胃癌の光線治療が動機となり、
権威ある医学者が余命一ヵ月と診断された重症患者が、苦しみが軽減し、
半年でも働ける程に回復をみせたことを、まのあたりに見た当人はは大きな
感動を受けた。これは胃の部分だけの問題でなく、生命力を強める治療法で
あることを認識した。早速、二種類の器具を買い求めて、身内の難病
(脊髄瘍で歩行困難)も回復させることができ、しかも副作用、害作用なく、
気持よく治療できる、理想的療法であることを経験した。

40才頃のこの出会いから数年後に光線治療所を開業し、一生の仕事とした。
自分なりに研究を重ねながらも、開拓の苦難の道でありましたが、
以来半世紀にわたり種々の病気を治し、手術を不要とし、難治で長く病んで
いた者が健康をとりもどす、不妊であきらめていた多勢の婦人が子宝に恵ま
れる、老人の健康を守る等々、多方面にわたり治療効果をあげることができ、
尊い喜びもありました。その黒田という方のの努力により、長い歴史をもつ
治療として今日に至りました。

病気を治すための治療法の基本条件
病気を治す基本は、分析医学(局所的な治療を主とする)と総体医学
(体内の機能から全体的に関連あるものと考え治療する)の二つである。
黒田保次郎は光線治療法を研究し、治療効果から考察すると西洋医学は
分析医学が主流をなしているが、光線治療法は総体医学が基調となり、
体へ全体として働きかけ回復させる。元の状態にもどそうとする働き、
即ち身体の平衡維持力(ホメオスターシス)を保つ療法である。

それが病気を治療する、病気を予防する、健康法(体調を整える)
に役立つのであると、長い間の治療経験、実績よりその認識を深めた。
光線は自己のもつ回復力(治癒力)を機能させる 太陽光線がなくては
地球の生物は生きることはできません。生命の維持、活動に必要な
エネルギーの源は太陽光線であります。

病気を効率よく治すには体の一部への治療のみでなく生体のもつ回復力
を機能させるよう神経系、内分泌系や免疫系等を通じて各種の器管や組織に
影響を及ぼす治療が必要であります光線と健康より引用


 

 


機器写真






















太古の昔から「太陽は生命の光である」と崇められていた。古代ギリシャ人が太陽の光を治療に応用したと想像できる遺跡が発見されている。またギリシャに生れ、後年医聖と称えられたヒポクラテスこそ太陽光線で病気を治した最初の人である。その後、十九世紀になり今日の光線療法の基礎が確立された。十九世紀末にデンマークの医師N・R・フィンセンにより近代光線療法に道を開き、光線療法の成功により一九〇三年にノーベル医学賞を受けた。この後、世界に広まり日本でも二十世紀初頭に光線療法がはじめられた。 自然の太陽光を応用して病気を治してきた長い歴史を経て現在の光線治療法が確立されました。


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